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相模湾 歴史航路クルーズ ― 頼朝と三浦水軍 ―  第三章「成就」 頼朝と三浦一族の願い

「願いは、どこで叶ったのでしょうか。」
4月の第一章「敗走」では、頼朝が真鶴から海を渡って安房へ逃れた道をたどりました。
6月の第二章「再起」では、安房に上陸した頼朝が再び兵を集め、再起を図った場所を訪れました。
そして今回、第三章「成就」。
頼朝の再起を支えた三浦一族、そして源氏の再興を願った人々の「願い」にまつわる場所を巡ります。

🌤 海況・天気(9月第4週)
日付 天気 風
9月26日 土曜日 曇り時々雨 9~12m/s 北東の風
9月27日 日曜日 曇り 1~5 m/s 北東の風
三浦半島を南へ

9月26日。

朝、葉山を出港すると、北風がかなり強く吹いています。
しかし、波は無いので絶好のセーリングコンディション。

セールを上げて三浦半島を南下します。

第一章、第二章で訪れた場所を海から眺めながら、これまでの航海を振り返ります。
「あそこが旗立山です」
「頼朝は真鶴から安房の国へ向かったんですね」

そんな話をしながら南へ。

風は強いものの、2ポイントリーフでちょうどよく、クルーザーは気持ちよく走っていきます。
そして、三崎へ。
ここまでは順調です。


いよいよ東京湾へ


今回の目的地は、浦賀です。
しかし、東京湾側を見ると、どうも海が荒れていそうです。
北風が強いと、東京湾側では波が高くなり、かなり厳しい海況になることがあります。
「まずは行ってみましょう。無理そうだったら引き返しましょう」
三崎を出て、東京湾へ向かいます。


実際に入ってみると、思ったほど波は高くありません。
頭から波をかぶるような状況でもありません。
これなら行けるかもしれない。

……と思ったのですが、
問題は波ではなく、向かい風でした。
北風を真正面から受けるため、なかなか前に進みません。
それでも、1時間ほど頑張って走ってみます。

しかし――
劒崎を越えられない。
ここから先は、さらに風が強くなることも考えられます。
無理をして進んでも時間に間に合わない事が明白です。
残念ですが、今回はここで断念。
三崎へ戻ることにしました。


予定変更。陸路で浦賀へ


三崎へ戻って、まずは昼食。
すると、クラブから応援の車を出せそうとの連絡が入りました。
それならば……ということで、予定していた浦賀の叶神社へ、今度は車で向かうことにします。
海からたどることはできませんでしたが、歴史の続きを陸からたどります。


まず訪れたのは、西叶神社。
ここには今回の第三章にとって、とても重要な物語があります。
西叶神社は、1181年、文覚上人が源氏の再興を願い、京都の石清水八幡宮から八幡神を勧請して創建したと伝えられています。
そして1186年。
源氏再興の願いが叶ったことから、「叶大明神」と称されるようになったと伝わります。叶神社
つまり、この神社の名前そのものが、
「願いが叶った」
ことに由来しているのです。

第一章から続いてきた「頼朝と三浦一族の願い」という物語を考えると、まさに今回訪れるべき場所です。


西叶神社を参拝したあとは、浦賀の渡しへ。


浦賀港を挟んで向かい側にある東叶神社へ向かいます。
東叶神社は、西叶神社から分霊されたと伝えられる神社。

二つの叶神社を、船でつなぐ。
今回のクルージングで、海を渡ることの意味を考えるうえでも、なかなか象徴的な移動になりました。

再び三崎へ戻り、夕食です。
今回お世話になったのは、
「鮪のわらやき屋」さま。


夕食をいただいたあと、そのまま宿泊させていただきました。
美味しい料理と楽しい時間をありがとうございました。

 

 

もう一度「海を渡る」ということを考える

翌朝。
まずは三崎の海南神社、そして光念寺を訪れました。
光念寺には、筌龍弁財天(せんりゅうべんざいてん)が祀られています。
ここには、和田義盛にまつわる興味深い伝承があります。

1180年、衣笠城が落城した際、和田義盛ら三浦一族は久里浜から船で安房国へ逃れました。
ところが、その航海は決して穏やかなものではありませんでした。
海が荒れ、疲労と飢えに苦しむ一行。
そこで義盛が龍神に祈ると、魚の入った「筌(せん)」という漁具が流れ着き、それによって魚を得て飢えをしのぎ、無事に安房へ渡ることができた――。
そんな伝承が残されています。
その後、義盛は筌が龍となって天に昇る夢を見たことから、筌龍弁財天を祀ったと伝えられています。



……前日に、私たちも北風の中を東京湾へ向かい、なかなか進めずに引き返しました。
だからこそ、
「昔の人も、こんな海を渡ったんだな」
という感覚が、いつもよりずっとリアルです(笑)。

もちろん、私たちはエンジンもGPSもあります。
それでも、荒れた海を前にして「これ以上は無理だ」と判断する感覚は、800年以上前の人々にもきっとあったはずです。


朝からボリューム満点

朝食は、三崎の魚市場食堂へ。
朝からしっかりと海の幸をいただきます。
ボリューム満点。
これからまた海に出るには、ちょうどいい朝ごはんです。


最後の目的地、浄楽寺へ

さあ、最後の目的地へ向かいます。
目指すのは、佐島の浄楽寺。
サニーサイドマリーナへ入港します。

そこから浄楽寺へ。
浄楽寺は、和田義盛夫妻が発願し、鎌倉時代の仏師・運慶が制作した仏像を伝える寺院です。
運慶作の仏像5体が残されており、いずれも国の重要文化財に指定されています。

今回、特別に「暗闇拝観」を体験させていただきました。
明かりを落とした収蔵庫の中で、ろうそくの火だけを頼りに仏像を拝観します。
暗闇の中に浮かび上がる仏像。
電気のない鎌倉時代。
当時の人々も、同じような暗闇の中で、この仏像を見ていたのでしょうか。
そう考えると、目の前にある仏像が、単なる「800年前の文化財」ではなくなってきます。
不思議で、雄大で、そしてとても刺激的な体験でした。


浄楽寺で住職からいただいたお話の中で、特に印象に残った言葉があります。
「歴史上の偉人も、みんな人です」
頼朝も。
和田義盛も。
三浦一族も。
もちろん、私たちが歴史の中で名前だけを知っている人たちも。
みんな、食事をして、眠り、悩み、怖がり、そしてその時々の判断をしながら生きていた人たちです。
今回、私たちは実際に強い北風の中を走り、東京湾へ入ってみました。
そして、劒崎を越えられずに引き返しました。
そんな経験をしたからこそ、
「風が強いなか、必死で海を渡った人たち」
のことを、少しだけ身近に感じることができた気がします。

歴史を読むだけでは分からないことが、海に出ると少し見えてくる。
今回の航海で、改めてそんなことを感じました。


そして、葉山へ

浄楽寺を後にして、サニーサイドマリーナから再び海へ。
昨日の荒天が嘘のように、風がありません。
最後はセールを使うこともなく、穏やかな海を機走で葉山へ戻ります。
昨日はあれだけ強い風の中を走っていたのに。
同じ海なのに、まったく違う表情です。

こうして、第三章「成就」の航海を終えました。

 

 

三浦半島を海からたどるということ

今回の第三章では、予定していた浦賀までの航海を完遂することはできませんでした。
でも、海況によって進める場所と、戻らなければならない場所がある。
それもまた、海を舞台に歴史をたどる今回のクルージングの一部だったのかもしれません。


頼朝が真鶴から海を渡り、
安房で再起し、
三浦一族もまた海を渡り、
そして、その後の歴史を作っていく。

その道筋を、私たちも実際に船でたどってみました。
歴史を読むのではなく、歴史の中を航海する。

 

今回の3回のクルージングを通して、少しでもそんな感覚を味わっていただけたなら嬉しく思います。
ご参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました。
また、今回の航海を支えてくださった皆さまにも、心より感謝いたします。