8 タクティクス=ポジショニングの技巧

content by Ben Tan
Reviewed by Jacob Palm and Lock Hong Kit

 

 スタート


 スタートの合図の直後、1艇身リードしているボートはあちらこちらに20艇いるかもしれないが、フィニッシュ時には、ゴールしたボートと次のボートとの間隔はおそらく何艇身にもなる。つまり、スタート時のわずかなリードは、レース中の他の場面でのより大きなゲイン、ロスに匹敵するのだ。フリートの大きさに関わらず、着実なスタートは一貫したルーティン(手順)によって可能となる。

1.タイマーをスタートする
 予告信号でタイマーをセットする時には、できるだけコミッティボートの近くにいる。大きなフリートではセイルのはためく音がシグナルを遮るので、コミッティボートを視野におさめ、音響信号よりも予告旗に合わせてタイマーをセットするとよい。待っている間、ボートをスターボードタックにしておけば、ポートタッカ艇に対して権利艇になるから邪魔される可能性が低くなる。

2.トランシット(重視線、見通し線)を固定する
 次に、スターボード側の端からスタートラインのトランシットをとる(図8-1)。この時にはすでにスタートラインは引かれ、レースコミッティはこれ以上ラインを変えることはない。トランシットは、スタートラインに対する自分のポジションを正確に教えてくれるので、よいスタートを切るために大切である。他艇もトランシットを固定したいだろうから、終わったら速やかにラインから離れて、他艇に位置を譲る。


図8-1 スタート時にトランシットを調整する方法は3つある。上:《コミッティボートの外側から見て、スタートラインの延長上の物標を確認する。》これが一番正確だが、コミッティボートが小さい時にだけ可能な方法である。必要あれば立ち上がってトランシットを固定する。中央:コミッティボートが大きければ、そのピンエンド側からトランシットを固定する。コミッティボートの旗竿に可能な限り近づく。下:スタートラインのポートサイドになんの物標もない場合は、ピンエンド側からトランシットを固定する。これは正確な方法だが、スタート時には肩越しにポジションを確認しなくてはならない。

3.ラインの傾き(高さの有利、不利)を確認する
 スタートラインが風向に対して直角でなければ、片側のエンドはもう一方に比べてより風上にある(図8-2)。この風上のサイド(バイアスエンド)からスタートすれば、反対サイドからスタートする他艇に対してスタート時点で先行することができる。トランシットを固定した後、ラインの中央に達するまでスタートラインに沿って進み、ライン中央でスタートラインの傾きを確認するためにボートを風に立てる(図8-3)。

 シフティーなコンディションでは、スタートラインはある時は下有利(ポートバイアス)にそして次の瞬間には上有利(スターボードバイアス)になるかももしれない。こうしたコンディションでは、どちらのエンドにも駆け込むことができるようにラインの中央付近にいて、スタート合図真際にラインの傾きを判断するのがよい。


図8-2 スタートラインが傾いている場合、高いサイドにいるボートの方がスタート時に先行することができる。それぞれの場合、黒いボートは白いボートに対して矢印で示した距離の分、先行することができる。太字の矢印は風向を示している。

4.スタートと上りレグの戦略を練ること
 ピンエンドに向かってベアし、他のボートにラインの傾きをチェックする機会を与える。その間、立ち上がってコース上にやってきそうな大きなブローの斑点を探す。もし先にスタートするフリートがあったら、ボートの動きを見て、両サイドがどう違うか、どこに風があるかを確かめる。また、雲も確認し、これまでに集めた情報(天候、潮流、雲からのメッセージ、観察した風のパターン・潮流、スプリット・ペアからの結果、ラインの傾きなど)を総括して、スタートと上りレグの戦略を立てる。
* スタートラインの傾きもコースも左側が好ましい場合(下有利で左海面有利の場合)、ポートエンドからスタートしそのままスターボードタックで走る。
* スタートラインが上有利でコースの右海面が好ましい場合、スターボードエンドからスタートし、すぐタックして右側に行く。この場合、スタートした後でタックできるような水面を確保しておくことが大切だ。
* スタートラインの有利なサイドと、コース上の好ましいサイドが逆であれば、自分でどちらがより大切か決める必要がある。
* ラインが風向に対して直角ならば(両サイドがイーブンならば)、コース上の好ましいサイドに最も近いエンドからスタートする。
* コース上の好ましいサイドが明確でなければ、有利なサイドからスタートし(ラインがスクエアであれば中央から)、シフトに従って走る。

図8-3 ラインバイアス。スタートラインの中央で風に立たせる。ブームの下から見てバウが向いている方のエンドが風上、つまり有利なエンドとなる。

5.スタートラインへのアプローチ
 スタートの3分前かそれ以上前に、フォイルをきれいにし(特に水面にビニール袋や木の葉が多い場合)、コックピット内の水を後ろに蹴り出して空にする。最前列に止めるスペースを探し始める。
 アプローチでり最善の方法は、ピンエンドから、スピードを調整しながらスタートラインの下をポートタックでセイリングすることである(図8-4)。この方法がスタートラインに対する位置をコントロールするために最適だ。スターボード艇に近づいた場合、スターボード艇がラインに近ければ彼らの後ろを通り、彼らがラインから下がっていれば前を横切ればよい。必要ならば、最前列の空いているスペースを探すためにもう一度ライン上をセイリングすればよい。
 行ったり来たりしている間、望ましいスタート位置に行くにはどの位かかるかを記録しておく。これは軽風の場合特に必要である。早めなら、入り込む隙き間はたくさんある。しかし、遅すぎた場合、特に有利なエンドでは、スペースを見つけるのは難しく、2列目あるいは3列目からのスタートを余儀なくされることもある。


図8-4 ポートタックでのスタートラインへのアプローチ。黒いボートはラインに沿ってポートタックでセイリングし、入り込むことができる隙き間を見つける。
 
 大きなフリートレースでは特に、最前列にいることが最優先課題となる。こうすれば自動的に後列のボートに先行することができる(後列のボートがスタート直後にうまくクリアエアを得ることに成功しない限り、あるいはスタートラインが過度に傾いていない限り)。
 どちら側からスタートするか決まったら、エンドに向かおう。ここでは、攻撃的でリスクの高いオプション、つまりピンエンドまたはコミッティボート(インナーマーク)のすぐ横からスタートするか、あるいは用心深くエンド近くの集団(パック)の端からスタートする(図8-5)かの選択ができる。これは以下のように状況によって判断する。


図8-5 集団の端からのスタート。上:黒いボートはポートエンドの集団の風上からスタート 下:黒いボートはスターボード・エンドの集団の風下からスタート

* スタートラインの長さ、そしてフリートの大きさとレベル。フリートが大きく、レベルが高いほど、またスタートラインが短ければ短いほど、エンドを勝ち取るのは難しくなる。
* ラインにどの位傾きがあるか。
* アップウィンド・レグのどちらサイドの海面がどのくらい好ましいと予想されるか。
* スタート段階でのペナルティ(例:黒旗)の有無。コミッティボート・エンドからのスタートは、スタートラインのコース側に押し出されるリスクが大きい。一方、ラインの下側では、閉じ込められることを避けることができるし、もしもスタートラインを越えてしまってもセイルナンバーを隣のボートの後ろに隠すことができる(バウナンバーを隠すのは難しいが)。
* アップウィンドレグのボートスピード。フリートについて行くのに明らかにスピード不足な場合、スターボード・エンドからスタートし、即座にタックしてクリア・エアを得るというオプションも考慮に値する。
 いずれのエンドから行こうと決めたにせよ、早めにそこへ行き、この場所を確保するための上手なボート・コントロールが重要である。時にはリスクを取らねばならないが、多くの場合、用心深いアプローチの方がうまくいく。これは、チャンピオンはただ1つのレースではなく多くのレースを通じて決まるからだ。理想的には、スタートライン上での技術(特にボート・コントロール)を、エンドからスタートすることがリスキーではないレベルまで向上させることだ。
 ひとたびスタートするサイドが決まり、十分な時間があれば、自分の望んでいるスタート地点の近くで一回練習をするとよい。これで角度、加速、タイミングといった状況に即した一連の感覚を得ることができる。
 風上のブローを探すこと。ポートタックで最後のアプローチをしている間、(望ましくは)立ち上がってすばやく風上を見渡してしブローの斑点を探す(特に軽風の場合)。これはライン上のどの隙き間を選ぶかという判断に影響する。たとえば、ポートエンドからスタートしてその後左海面に向かうのが有利な状況て、右側からやってくる大きなブローを見つけたら、もう少し右寄りからスタートしてブローを捕まえて、それから左海面に向かうことで当初の戦略に戻るのがよい選択だ。立ち上がってブローを探すのがスタートに近いほど、その情報の有用性は高まる。ただし、スタートの合図が近くなると、それ以外のことに注意を払う必要がある。

6.風下にスペースを作りそこを守ること
 スタートの一分前(ラインがどの位混雑しているかによるが)に最前列の場所を見つけていなければならない。その後は、風下にスペースを作ることである(図8-6左)。このスペースによって、スタート前後に加速するためのルームができ、また風下のボートからバックウインドを受ける可能性を減らすことができる。このスペースを作るには、センターボードが完全に下りていることを確認してボートを風上に向ける。軽風の場合、自分のボートコントロールに自信があれば、おそらくスカロッピング(ブームを押してボートを風上にスライドさせること。次章参照)をしたくなるだろう。


図8-6 風下にスペースを作り維持する。左:黒いボートは風下側へのスペースを作るために上に向ける。右:黒いボートはセイルをシバーさせたまま、ボートをラインに対してほぼ平行にして、他のボートがこのスペースに入り込むのを妨げる。もし、白いボートが黒いボートの風下位置に向かってタックをした場合、白いボートは黒いボートに対してよけるための時間を与えなければならない。

スペースを作ると、他のボートはそこに入り込もうとするから、これを見逃してはならない。スペースを狙っているかどうかは、相手の目を見ればすぐわかる。そのボートが通り過ぎる間、彼はあなたの風下側のスペースか、あなたを見ていくだろう。素早くベアしてブームを外に押し出し自分のボートのハルの長さ分の隙き間を占有する。そうすればボートは前には動かない。彼が通り過ぎた後、再びポイントアップし、風下側のスペースを確保するように努める。
 バウを隣接艇と同じ高さにしておくこと。もし彼らがわずかでも前にいたら、たいていは彼らに追随するしか選択肢はなくなる。しかし、少なくともこの時点ではまだ自分のバウを外に出してはならない。もしこの時点で、他のボートがラインオーバーしているのが明らかなら、(セイルナンバーが記録される前に)先頭の列から離れ、別の隙き間を探すために抜け出したくなるだろう。
 もし、わずかな時間しかなければブームを押し出してバックする。しかし現在のルールでは「セイルを保持して後退している艇は、そうしていない他の艇を避けなければならない」ということを念頭においておくこと。もし、抜け出ることができなければ、セイル番号が隠れていることを確かめる。抜け出すという決定はできるだけ早く(少なくともスタートの20秒前までに)行うべきである。なぜなら、ジャイブあるいはタックする時間、並びにスタートのために他のギャップを探しに乱れた風の中をセイリングする時間が必要となるからである。


ボート・コントロール、ライン判断、そして素早い加速がよいスタートの必須条件


7.シートを引き込んでスタート
 初心者はしばしばスタートで無防備な状態になってしまう。これは周りのボートがそれまで完璧に静止した状態から突然シートを引き込み急発進し、彼らをブランケットしてしまうからである。通常、レベルの高いフリートではスタート5秒前以前にシートを引き込みはじめることはほとんどないので、その前にガードを固めることだ。そうしないと大抵は受身のアプローチを余儀なくされる。
 他のボートがシートを引き込み始めた後でシートインするかわりに、自分のトランシット(重視線)を使って自分がラインにどの位近いのかを測った上で、自分自身でいつシートインするのが最適なのかを決める。これは最初に加速することを狙っているが、あまり早く行うとスタートを早まってしまう。自分のライン・トランシットを使う場合、自分の体の位置より前にあるボートの部分(バウ)の分の余裕を作っておく。自分の位置から見てボートが正にライン上にいる場合、ボートの前部はすでにラインを越えている。

 その他のスタート方法
 以上で説明したポートタック・アプローチは一番汎用性があり、多くのコンディションに対応できる(例:ポートあるいはスターボード・バイアスのライン、異なる方向からの潮流、異なる風の強さ)。たとえば、強い潮流がフリートをラインのプレスタート側に押している時、スターボード艇の前を横切ってラインに近く、さらに言えばラインよりも上にいることで(黒旗あるいはI旗《ラウンド・アンド・エンド》ルールが適用されない時)潮流を相殺できる。
 軽風時にも、スターボード艇の前を横切るのがよい。この方法では、風がいっそう弱まった時にスタートラインの近くに居続けることができる。こうした状況では(前列の)ブランケットゾーンを突破して後ろから最前列に入るのは困難になる。

 ディップスタートあるいはポートタック・スタートのような他の方法も代替的なスタート戦略である。

ディップスタート
 軽風で強い逆向きの潮流がある時、フリートはスタートラインに向かって上るのは難しく、ボートのいくつかは全くラインに近づくことすらできないかもしれない。ディップスタートはこうした状況で使うことができる。これはスタート前にスタートラインよりも上にいて、クローズ・ホールドで上マークへ向かう前に、ラインのプレスタート側に落としてから(ディップダウン)スタートラインを切る方法だ(図8-7)。このスタートが可能なのは、黒旗、I旗またはZ旗(20%ペナルティ)ルールが適用されない場合のみである。



ポートタックスタート
 時には極端にスタートラインがポートバイアス(下有利)に傾き、スターボードタックで横切ることがほとんど不可能な場合もある。前述した方法でポートタックでアプローチしている間にこの状況になったら、スターボード・タックにタックしないでポートタックでのスタートも考慮してみる(図8-8)。これを成功させるにはタイミングが重要で、先頭のスターボードタック艇が遅くなければならない。もしこの先頭のボートを横切ることができなければ、スターボート艇の列の中に通り抜けることのできる隙き間を探す。先頭のボートが完璧なピンエンド・スタートを切ったならば、明らかにライン上に隙き間はないので、大変困ったことになる。これがポートタック・スタートを試みる場合のリスクだ。