6 風パターンと戦略
content by Ben Tan
reviewed by Meteorological Service Singapore and Jacob Palm

 地表風


 これまでは、大気の上層に位置する勾配風について話してきた。ではここで地上に下りて、私たちがその中で実際にセイリングをする風―地表風について学ぼう。

地表風に影響する要因

 地表風と勾配風は隣接しており、それらは密接に影響し合う。この相互作用では、抵抗(drag)と安定性(stability)が、重要な決定要素となる。


・抵抗
 地表面に近づくほど、地表風は抵抗(すなわち地表との摩擦)の影響を強く受ける。もしも抵抗がなければ、地表風は勾配風に近いものになる。森林が最も大きな抵抗を生み出すのに対し、フラットな海面で抵抗は最少となる。高い建物は、抵抗の要因としてよりも、風に対する障害と考えられる。
 抵抗は、表面風に2つの影響を及ぼす。風速を減少させ、風向を変化させるのだ。
 
北半球では、抵抗によって地表風の風向は、勾配風に対して反時計回りに変わる(バックする)(図6-7)。南半球では、地表風は勾配風に対して時計回りに方向が変わる(ベアする)。そして抵抗が大きいほど、勾配風に対する地表風のスピードの減少と方向の変化は大きい。
(編注=スターボードタックの場合、ベアはリフトとなり、バックはヘッダーとなる。風のシフトは戦略上重要になるので、ベアとバックという言葉を体感的に理解しておこう)


図6-7 北半球での地表風に対する抵抗効果。滑らかな海面に比べて抵抗が大きい陸上では、地表風は勾配風に対してより大きくバックし(反時計回りにシフトし)、より減速される。南半球では、地表風は勾配風に対してベアする

追加図6-7b ベアとバックのシフトによるスターボード・タックのボートの上り
角度の違いを体感的に覚えておこう(編注)

・安定性
 風が比較的暖かい地表面を吹く時、空気の小塊(ポケット)は加熱され上昇する、そして、より冷たい空気のポケットが入れ代わりに下降する。こうした状況を「空気が不安定である」という。この対流による撹拌は乱流をひき起こし、高い高度から地表への空気の移動を早めるので、ガストを起こし、全体的な風速を勾配風に近いものにする。逆に、水または地面の温度が低いと、空気は混ざりにくいから(つまり空気が安定している)、空気の流れは表面にとどまり、地表近くで遅いままになる。
 陸地が日中徐々に加熱されると、増加する対流はしだいに強くなる風を引き起こし、この風は午後半ばにピークに達する。他方、海の温度には、水のより高い熱特性のため(つまり、水を温めるためにはより長い時間がかかる)、顕著な昼間の変動はない。したがって、この現象は海上では顕著ではない。

地表風の風力変化

 地表風の強さは決して安定していない−ガスト(突風)とラル(凪ぎ)は、広い滑らかな海面でも、いたる所にある。私たちのゲームの目的は、すべてのガストを捉え、ラルを回避することだ。

・ガスト
 対流によって下降する速い動きの空気のポケット(すなわちガスト)は、図6-8に示すような角度で水面に当たり、扇状に広がる。動きの速い空気は、水面に小さな波紋をつくり、周囲より黒く見える(図6-9左)。レーシング・セイラーは、この突風の斑点(ガスト・パッチ)に鋭敏な目を持たなければならない。この斑点は、フラットな水面で太陽が特定の角度にある時に見つけやすい。斑点は、通常楕円形(長軸が風の方向に沿っている)を持ち、風下に移動していくことが多い。できれば、海岸の有利な位置へ行き、ガストを観察し、それぞれのコンディションでガストが「どのくらい速く動くか? どのくらい長く続くか? どのくらい頻繁か?」というように記録することだ。


図6-8 ガストの中と周囲での風向。長い矢印はより強い風力を示す


図6-9 左)ラルの部分は光って見えるのに対し、ガストは水面上で、さざ波が多い暗い斑点に見える(矢印)。右)暗い斑点全てがガストではない。この写真の暗い部分は雲の影であり、ガストではない

 海面のすべての黒い斑点がガストではなく、雲の影(図 6-9右)はガストに似ていることが多い。外見でも判断できるが、もし確信できなければ、暗い斑点と太陽との間に雲がないかどうか上に目を向ければよい。
 ガストの範囲内の風は独自のスピードと方向を持つので、ガストごとに風向もシフトすることが多い。ある時は、ガストが来るたびに風はベアし(左に回り)、ある時にはガストのたびに風はバックする(右に回る)。また、ある時には、ベアとバックの組合せになる(これが最も一般的な状況だ)。
 一般的に、北半球では地表風は地表抵抗のために勾配風に対してバックしており、上層から下りてくるガストは勾配風の風向に近づくために、ガストではベアすると言われている。そして、南半球では、ガストはバックすると言われている。しかし実際には、この説はいつも有効とは言えない。これは多分、それぞれの方法で風向に影響を及ぼすさまざまな力が働いており、ある場面では特定の力が他を支配することがあるということだろう。
 したがって私たちは、理論上の予言よりむしろ観察により大きな信頼を置かなければならない。早くレース海面に出て、上マークまで走ってみてシフトのパターンを頭の中に記録することだ。ガストは、左から来ることが多いのか、右か、あるいは両方からか? シフトがもしあれば、どのくらい大きいか? どのくらい長く、シフトは続くか? シフトのタイミングは周期的なものか、あるいは全くランダムか? このように、戦術と戦略を組み立てる上での助けとなるシフト・パターンのイメージを確立することが必要だ。

・ラル
 地表抵抗のために、ガストはやがて衰え、そしてラル(凪ぎ)になる。そしてすぐに、より新しい空気の塊が代わりにやってくる。
 ラルの下では、水面はガストの斑点と比べて比較的滑らかで光って見える。この「風の穴」を回避しなければならない。しかし、全ての滑らかで光る斑点がラルだというわけではない。水面の油の薄層は、ラルの斑点に似ているから、特に動力船の航行が激しい海域でのレースでは騙されないことだ。水面の油は近くであれば見分けることができるが、もし遠い場合には、光る斑点の形状と臭気が、ラルと区別するための手がかりとなる。

・風のバンド
 広い海面では、地表風は完全に均一に配置されるわけではなく、強風と軽風のバンドを形づくる傾向がある(図6-10)。これらのバンドは、だいたい1〜8km離れている。時には、雲列と呼ばれる積雲の列が、軽風バンドの上に並ぶことがある。


図6-10 海上に交互に現れる強風バンド(矢印)と軽風バンド。雲列が軽風バンドの存在を示している

地表風に対する海岸線の地形効果

 海岸は、海岸線に対する風向の関係と、どちらの半球に属するかによって、さまざまな形で地表風に影響する。ディンギー・レースは海岸の近くで行われるから、レーザー・セーラーにとって海岸効果は重要である。

オフ・ショアの風(海に向かって吹く風)
 北半球では、地表風が陸上を吹く時、勾配風に対してバックする(反時計回りに方向を変える)。水上では、陸地よりも抵抗が少なくなるためにその角度はより小さくなるから、オフ・ショアの風は水上に出るとベアし(時計回りに方向が変わる)、南半球ではバックする(図6-11)。風はすぐに方向転換するとは限らず、風が海岸線に対して屈曲する場所は多様だ。屈曲の場所を突き止めるためには、一定のタックで海岸に向かってクローズ・ホールドでセイリングし、針路の変化する位置を探す。
 


図6-11 オフショアの風が海上に出ると、北半球ではベアし、南半球ではバックする

・オンショアの風(陸地に向かって吹く風)
 オンショアの風では、風の屈曲は陸上で起こるから、セイラーには関係ない。
(編注=ただし陸上から海面を観察する場合には注意が必要だ)

・岸に沿って吹く風
 風が岸に沿って吹く場合、陸地と海との抵抗の違いによって、風は海岸線に沿って収束または分離する。この効果は半球と風向による(図6-12)。


図6-12 海岸沿いに発生する収束帯と分離帯。白抜きの矢印が勾配風の風向(上が北半球、下が南半球)

 気流が互いに近よる時には、強風バンド(収束地帯)ができる。収束した空気は上へ押し上げられるので、岸に沿って雲の列が発生し、バンドの位置を示すこともある。
 風が分離する時には、軽風バンド(分離地帯)が生じる。この軽風帯は幅がさまざまなので、スタートの前にゾーンを横切って走ってみて、確認しておく必要がある。

・海岸の崖から吹く風
 海岸の崖から吹く風でも、ベア(北半球)またはバック(南半球)が起こるが、より注意が必要なのは渦流だ(図6-13)。上マークが渦流ゾーンにある場合、そのゾーンに入る前に、不規則なシフトとガストに対して準備しておかなければならない。そのような状況では、近くのボートでも異なる風の中でセイリングしていることがあるから、他艇をマークすることは難しい。自艇がそのゾーンへ入ったら、頻繁なシフトとガストを有利に使って、自分自身のコースを描くのがよい戦略といえるだろう。


図6-13 崖の下にできる渦流

地表風に対する障害(バリア)効果

・海岸線に沿った障害物
 オフ・ショアの風に影響する障害物としては、海岸に沿って並ぶ建築物、樹木など考えられる。障害物のすぐ風下では、その風影(ウインド・シャドウ)で、気流が乱される。
 この乱流のエリアはどれくらい風下まで広がるのだろうか? 障害物の密度にもよるが、重要なのは障害物の高さだ。風下に広がる乱流のエリアは、だいたい障害物の高さの30倍の距離に匹敵するといわれている(つまり、10mの高さの木で300mになる)。実際には、より正確なイメージを得るために岸に向かって走ってみるのが賢明である。

・海岸の丘
 建築物と違い、海面に近い丘は非常に大きいものだから、ウインド・シャドウを投げかけるだけではなく、風の屈曲の原因となる(図6-14)。


図6-14 丘の周りのベンド

・海岸線に沿ったギャップ
 岸に沿って一様に配置されてない障害物は、ウインド・シャドウをつくるだけでなく、障害物の列の谷間(ギャップ)を通る風を漏斗のように集束させる。レースでは、海流などの他の要因がない場合、明らかにここを狙うべきだ。河口などの海岸線の開口部もまた、その中を通ってくる強風のじょうごのような役割を果たす(図6-15)。
 


図6-15 河口のジョウゴを通る風(北半球)。白抜きの矢印が勾配風の風向

・島
 小さな島が点在する海岸リゾートで開催されるレガッタもある。風が島の上を吹くと、そのより大きな抵抗のために、島の一方の側に強風帯ができる。そして風下にはウインド・シャドウができ、島の風下では風の屈曲が生じる(図6-16)。


図6-16 島の周囲での風向と風力(北半球)。島の風下で風がベンドし、右側に強風帯ができる(狭くなった流線)ことに注意しよう。南半球では反対になる

・スタートでのバリア効果
 スタートラインや上マークのようにボートが一団に集まる時には、ボートの集団は地表風にとっての障壁となる。スタートで、ボートの長いラインは、いくつかの形で風に影響を及ぼす(図6-17)。
・風はフリートの前でわずかに減速するために、軽風帯がつくられる。
・第一列のボートのすぐ後ろでは、風速は大きく減少する。
・スターボード・タックのボートのセイルは風を屈折させ、列の後ろに位置するポート・タックのボートにとってのリフトを生み出す。


図6-17 スタートラインでのバリア効果。ゾーンAでは風はやや軽くなる。ゾーンBでは風はいっそう弱く、しかも屈曲している

シーブリーズ

 日が昇ると陸地と海面の間に温度差が生じ、陸地の上の上昇気流と海上の下降気流によってシーブリーズが発生する(図6-18)。海岸線のすぐ内側の陸地上に発達する積雲は、上昇気流の存在を示し、シーブリーズの循環の目印だ。温度勾配は海岸線で最も大きくなるので、シーブリーズ循環は海岸線で発生する。やがてシーブリーズ循環が十分発達すると、海と内陸に同時に広がっていく。したがって、陽が降り注ぐ穏やかな日には、予想されるシーブリーズをだれより早く有利に利用するためには、海岸線の近くを走ることだ。


図6-18 海岸線付近で発生するシーブリーズ

 勾配風は、シーブリーズ循環にどのように影響を及ぼすだろうか? 勾配風がおよそ20〜25ノットを超える場合には、勾配風の風向に関係なくシーブリーズは発達しない。軽い勾配風はシーブリーズの発達を助長するか、妨げる。それは海岸線に対する勾配風の風向による(コラム四分円効果参照)。
 一般に、オフショアの勾配風は、オンショアのシーブリーズを助長する。どうしてそうなるのだろうか? 図6-18を見ると、シーブリーズはオンショアであるが、上層での反流はオフショアであることに注目しよう。オフショアの勾配風は反流を押し、シーブリーズは勾配風の下に回り込むように吹く。それに対しオンショアの勾配風は、シーブリーズの反流と反対方向となるので、シーブリーズの発達を妨げる(コラム参照)。
 シーブリーズが強まると、バックしたりベアしたりする。シーブリーズのピークの後、一日の終わりに向けては、風向がじょじょに反転するのにそなえておこう。
(編注=シーブリーズが最も発達しやすい四分円の1の勾配風の場合、つまり南向きの海岸で勾配風が北東の時、シーブリーズは海岸近くで海から海岸に向かってまっすぐに穏やかに吹きはじめる。最初の1時間で強まりながら急激にベアし、その後2〜3時間かけて海岸線から海側に20度の角度になるまでゆっくりとベアを続ける。)

〈コラム〉
4分円による効果の違い
 海岸線に対する勾配風の風向は4分円のいずれかに当てはめて考えることができる。




それぞれの4分円において、勾配風はシーブリーズを助長したり妨げたりする。
1=シーブリーズ発生のために理想的な風向
2=シーブリーズ発生はやや困難(編注=シーブリーズはやや沖で発生し、海岸に沿って2つの軽風帯ができる)
3=シーブリーズ発生はやや困難(編注=温度差によって気圧勾配が大きくなり、分離による軽風バンドが消滅して風は強くなる)
4=勾配風が非常に弱い場合をのぞきシーブリーズは発生しない(編注=温度差によって気圧勾配が小さくなり、収束による強風バンドが消滅して風は弱くなる。勾配風が海岸と平行に近ければ勾配風は消滅してシーブリーズが発生する)