13章 セイラーのためのスポーツ医学の基礎
content by Ben Tan
revied by Tullio Giraldi, Teh Kong Chuan, Patrik Goh, and Saratha Bhai Krishnan


医学的配慮とコンディション

太陽光への曝露
急激に太陽光を浴びた場合は日焼けやsun burn(ひりひりしたり、水ぶくれができるほどの日焼け)を起こす。慢性的に太陽光に曝されると地球のオゾン層が薄くなっている影響で、次のようなことが起ってくる。
・皮膚癌を生ずる危険性が増加する。(たとえば悪性黒色腫、扁平上皮癌《有棘細胞癌》、基底細胞癌)
・光老化:しわやしみ、皮膚の細血管の拡張、皮膚のきめが荒くなり日焼けして、皺の深い漁師などに見られるような荒れた肌になる。
・ 翼状片(Pterygium):これは白目(眼球結膜)の鼻側部分にみられる三角形の灰色がかった増殖物(写真13-11)で角膜にまで達する。これは慢性的な眼の刺激に関連しており、視覚障害の恐れがある。角膜に大きく入り込んで、翼状片が視軸(visual axis)を侵害している場合には手術によって取り除くことができるが、術後に再発する場合がある。
訳注》視軸(visual axis):着目する物体と眼の中心窩を結ぶ直線/ 心窩:後極部網膜にあり、直径1.5mmの浅いくぼみ。
・ある種の白内障の発生が増加する。
・太陽を直接見ることにより、眼球後部(後眼部)が損傷される:太陽光による網膜症(solar retinopathy)


写真13-11 角膜に達して侵害する翼状片

これらの疾病すべての原因は太陽光線中の紫外線部分である。紫外線は雲を通過し水面で反射するので、空が曇っているから、日除けの下にいるから大丈夫だというふうに考えてはいけない。
 オーストラリアの抗ガン委員会のスローガンである「着る、塗る、かぶる(Slip,Slop,and Slap)」は皮膚の保護のために効果的だ。つまり、「長袖の上着を着て(Slip)、サンスクリーンを塗って(Slop)、前につばのある帽子を被ろう(Slap)」ということだ。
 サンスクリーンは紫外線を反射する物理的障壁(二酸化チタンや酸化亜鉛)として働き、皮膚を保護する。乳液(クリームやローション)またはオイル状のものがある。耐水性のサンスクリーンの紫外線防護作用は水中で40分間持続する。完全防水タイプのサンスクリーンは、80分間防護効果が残る。また、汗に耐性があるタイプの場合は著しい発汗がある場合でも、少なくとも30分間は効果がある。とれにくいように、耐水性を高めるように作られてはいるが、発汗がある場合はサンスクリーン効果は低下するので、頻繁に塗り直さなければならない。紫外線防護指数SPFが15以上のサンスクリーンの使用を薦めたい。
 眼を防護するために紫外線遮蔽のサングラスをかけるようにした方がよい。軽く、側面まで覆い、ポリカーボネートなどの砕けないものを選ぼう。前にひさしのある帽子をかぶればさらに眼に光がはいるのを防止する役に立つ。サングラスをかけているときにブローを見つけにくければ、レースの間はサングラスをはずし、レースの後で再びサングラスをかけるようにすればよい。
 寒い時はセイラーは寒さから身を守るために自然に衣服を着けるようになり、紫外線も効果的に遮蔽できるようになる。太陽光から身を守るために長袖の上着を着ることを意識すべきなのはむしろ気候が暑い時だ。生地が薄くてゆったりして明るい色の、織り目が粗い衣類を着ければ、太陽光線を遮るとともにセイラーは涼しい状態を保つことができる。


写真13-12 太陽光線から皮膚を保護するために長袖の上着を着てサンスクリーンを塗り、帽子を被ること。さらにサングラスをかければ眼に対しての傷害を少なくすることができる。このモデルは帽子を細い紐でライフジャケットに結び付けて、飛んでなくならないようにしている。

猛暑の中でのエクササイズ
 1996年のオリンピックヨットレースはサバンナで行われた。そこでのヒート・インデックス(熱指数、すなわち高湿度の大気中にさらされた皮膚温度)は37-42度Cもあった。汗の蒸散作用は熱を発散して体温の上昇を防ぐために最も重要なものだ。しかし発汗の程度が増大すると脱水や、高温による障害を招く危険が生じてしまう。体重(Body mass)の2%の脱水が起ると持久力は20%低下すると推定されている。高温な環境に順応している者ほど、たくさん汗をかくようになり、いっそうたくさんの水分を必要とするようになる。適切な水分補給を確保する方策については11章に示してある。
 汗の蒸発作用を最大にするためには、生地が薄く、ゆったりしていて明るい色の織り目の粗い衣類を着る方がよい。特に肌にぴったりの衣服を着ている場合には発汗を促すような特性のある素材(たとえばCool Max)のものを薦めたい。そのような素材は汗を皮膚から衣類の生地の表面に浸出させる効果があり汗は衣類の表面で蒸発して体を冷却することができ、一方で太陽光線を遮るバリアーとしての役割も果たす。

寒冷時のセイリング
 寒冷な気候の中で適切なセーリングをするためには寒さをどの程度さえぎる必要があるかその程度に応じて各種の衣類一式を利用することができる。衣類の種類の中には手袋、ブーツ、保温性のある(ポリプロピレンの)上下、様々な長さと厚さのウエットスーツ、スプレージャケット、ドライスティーマー(ワンピースのネオプレーンスーツで水が入らないようにシールされている)、そしてドライスーツなどがある。寒冷な気候の中でエクササイズをする場合には、防寒衣類によって暖かさを保つこととエクササイズによって発生する熱との間のバランスを保つことが必要となる。解決策としは重ね着をして周囲の気温やエクササイズの強度が変わるのに合わせて脱いだり、着替えたりできるようにしておくことがある。たとえばサーマルトップ(thermal top)だけでトレーニングを始め、続いてスプレートップをさらに着たり、またウエットスーツだけで始めて、気温、周囲の温度が下がるにつれてウエットスーツにスプレートップを加えて着るといった具合にする。トレーニングに持っていく衣類を決める時に忘れてならないのは海上では風により冷えがより強く感じられるということである。休んでいる時には発生する熱が少ないため、レースとレースの間には寒く感じる傾向がある。トレーニングやレースの間にはサポートボートに余分な衣類を残しておくことを勧めたい。寒冷に曝されると急激に利尿作用が促進される(つまり尿の産性が増加する)。寒冷な気候に備えて完全な衣服、装備をしているために排尿しにくい状態ではあるが、水分補給も必要であるということを無視してはならない。寒冷な環境の中で、一定の体温を保つには、周囲に失われていく熱を補うべく、熱を発生させなければならない。運動することでより多くの熱が産み出されるので、トレーニングを積んでいてたくさん体を動かすセイラーの方が、そうでないセイラーよりも寒いレースのコンディションにも耐えることができる。エクササイズや寒冷な環境に順応することに伴って働く体内での熱を産みだすメカニズムは炭水化物と脂肪(炭水化物よりも割合は少ないが)からその熱源を得ている。実に3-4度C体温が低下すると炭水化物の酸化が588%増加し、脂肪の酸化は63%増加すると推定されている。寒冷な気候の中でレースをする場合は炭水化物を大量に摂取する必要があることは明らかである。寒さに曝されると筋肉は緊張が強まり硬さが増す。そのためセイラーはレースのスタート前にふだんよりも念入りに時間をかけてウォームアップを行わなければならない。レースの間の休憩時間が長い場合は次のレースのスタート前にウォームアップとして風上に走ったり、2-3回タックをしておくとよいだろう。寒冷な気候の中で競技をするセイラーに起こり得る医学的な問題としては、運動により誘発される喘息(以下に述べる)や呼吸器の感染症、年配のセイラーでは心臓にトラブルを起こす危険性が増加すること、などがあげられる。

インフルエンザ(The Flu)
無理な練習をする水泳選手たちはウイルスが原因となって起こる上気道感染症:インフルエンザ(The Flu)にかかる危険性が高くなる。同じようにセイラーの場合も、トレーニング量が多いことからくるストレスや、負荷が回復する過程を超えてしまっている場合にはインフルエンザにかかる危険性が増大する。ウイルスに感染している間は体の免疫機構はウイルスを排除するために忙しく働いている。太陽光はトレーニングや競技から生じる身体的な負荷と同じように体の免疫機構に対しては一層過剰な負担をかけることになり、ウイルスにとって有利な状況を作り出す。ウイルスがまん延すると心筋炎(心臓の筋肉の感染)のような重篤な合併症や肺炎などを起こすこともある。発熱、頭痛、全身の鈍痛や脈拍数の増加は感染が活動期にあることを示すものであり、この時期はトレーニングやレースを避けるべきである。この期間には、セイラーのパフォーマンスはすぐれないし、トレーニングの質も落ちてしまい、合併症を起こす危険も増大する。一般に発熱がおさまって、安静時の脈拍が正常時よりも10回増以内であればトレーニングを再開してもよいだろう。この状態になるまで通常およそ3日間かかる。ウイルス感染している時にレースをするべきかやめるべきか、決める際には合併症を起こす危険性と自分自身の計画と目標の中でのそのレースの重要性とを比較検討する必要がある。予想されるセイリングコンディション(予測はしばしば困難であるが)も決断の際には考慮に入れるべきである。どうしてもレースをやると決定した場合は、そうするのに十分なだけの理由があることを確認するべきである。決定をする際には医師のアドバイスを求めておくのが最も望ましい。
 

喘息(Asthma)
喘息は比較的よく起こる病気であり、これにより肺内の気道が狭窄して呼吸困難の症状を起こす。喘息を誘発する刺激(誘因)は様々なものがあり、その中には冷たく乾燥した空気や上気道の感染症や運動などが含まれている。医薬品を用いて喘息発作を予防したり、進行を食い止めることができる。セイリング中に発作を起こした場合には医療施設に退避することは難しく、対処するのが遅れがちである。そのため喘息にかかっているセイラーは予防手段を持っていくべきである。医師の指導を受けて確実に喘息を最善の状態にコントロールして、いつでも医療用の吸入器を手近に(たとえばライフジャケットのポケットの中や、少なくともコーチボートに積み込んでおく)備えておくなどの方策を講じるべきである。